ササラモサラな気分で

大体は映画のこと書いてます。










《喰女 -クイメ-》

海老蔵の生首!



喰女-クイメ-







80点



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海老蔵山田孝之伊藤英明など、過去に問題がある人と相性のいい監督が、そんな人たちと調子のってるバカが痛い目に遭う怪談の古典「四谷怪談」を映画化ってかなり期待できると思ったので観てきました。


三池監督のホラーといえばオーディションとか着信アリとか牛頭とかインプリントが有名でしょうか。エクストリームなグロやギャグを突っ込んでくると、冷めるとか笑えるとか通り越して不快だったり不気味だったりなまさに三池監督な出来に仕上げてくれる信頼できる監督ですが、近年はホラーから離れ気味で来た仕事を要望に沿った形での最良な作品に仕上げる職人監督な傾向にあったと思います。そんな監督の最新作である今作も海老蔵の持ち込み企画だそうで、現代を舞台に四谷怪談を入れ子構造で語るてのはどの段階から決まってたのかは知りませんが、古典の新解釈として現代を舞台にすると時代性の違いとかで結構無理があるイタイ作品になりそうなところを今回も上手くさばいていました。



劇中劇と同じようね展開が実際に起こる作品だと、劇中劇と同時進行か、劇中劇が先の展開を暗示するか、劇中劇の展開が実際に起こったことと同じだと後から気付くかのパターンを織り交ぜて物語が進行していく(他にもあるかもしれませんが)のが思いつきます。

今作は物語で起きていることと実際に起きていることの境界線が曖昧になっていくことを、誰からの視点によって混沌とした猟奇的で不気味な映像が映し出されているのかをわからないようにした「信頼できない語り手」法を用いた一種のミステリー形式になっていました。

ですが伏線もあるし、そもそも登場人物が少ないので海老蔵の幻想であることは確かなんで別にだれ視点だからとかいう怖さはなかったりします。

柴咲コウの行いがどこまでが本人でどこまでが海老蔵の妄想なのかも曖昧なので、もしかしたらあの生首オチも海老蔵の幻想なのかもしれないですし、正直つじつま合わせとかそういうのは放り投げてる気がしました。

というか、会話で説明とかを一切省いて小道具や目線で説明することで解釈に幅を持たせていると、良く言えばそうなんだと思います。


この映画のなにが面白いってとにかく不穏。お化け屋敷的な化け物が出てきてびっくりとか、急にでかい音出したりとかではなくねっとりと淡々としているというか、三池監督の演出でもってっていると思います。何分かに一回は人形が、海老蔵が、柴咲コウが気持ち悪いことになるのですが、それを待つための溜め場面が続くのではなくそれはアクセントとして付随しているだけ。映画全体がラストまで息切れすることのない緊張感というか不安をあおるように作られていました。画面に映る全てのものに何かが起きるんじゃないかというミスリードと確実にこれは後にこうなるという観客に対する説明のバランスが巧かったです。


海老蔵の首が何回も飛んだり、柴咲コウが痛かったり、伊藤英明のなんかしだすんじゃないか感が面白かったり、三池監督はフリークスの使い方がやっぱりうまいとか色々ありますがこのへんにしときます。


この気持ち悪い怖さというか、全てのシーンの不気味さはシャイニングの序盤と中盤のあの居心地の悪さを思いだしました。劇場の暗い中で観てこその怖さだと思うので、観るなら劇場か真っ暗な部屋で一人で見た方がいいと思います。

以上、今回何言ってるのか分からなかったり読みづらかったりの乱文失礼しました。最後まで読んでいただきありがとうございました!