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ササラモサラな気分で

大体は映画のこと書いてます。










《パラノーマン ブライス・ホローの謎》

わかりあえない他者と生きていくのはつらいけど、でもやるんだよ精神の超名作!

とりあえず観とけとしか言いようがない映画。


ピュアすぎる高校生の映画感想 






97点



作品の詳しい情報はコチラ でどうぞ。





この映画に関しては多方面で高評価もされてるし、人生ベストに上げている人もいるし、実際僕もそういう人の評価を読んで観に行ったまでなので、

都内での上映が終わりかけているとということもあり感想を書くのも今さらとは思っているのですが、それでもどうしても初めて観たばかりの今のうちに感想を残しておきたいと思います。

あと映画の内容と脱線しまくった思い入れの部分は、残しておきたいけど自分でも読んでて気持ち悪くなったので白字にしておきました。


まず、ゾンビ映画が大好きで、おばあちゃん子で、他人とのコミュニケーションが苦手で、だけど自分にだけ見える者たちとはそれなりに楽しくやってるノーマン君の境遇が、舞台である町の静かな雰囲気と相まってしょっぱなから泣いてしまって一気に引き込まれました。

僕は小学生のころターミネーター2とインディばかり見ていて、子供用の皮ジャンを着て学校に行ったり、帰り道に傘でシュワがショットガンを撃つまねをしていたり、曾おばあちゃん子だったり、頭の中のシュワルッツェネガーa.k.a玄田哲章と会話していたり、お陰で同級生とは話も合わないしゲームも大して好きじゃなかったから余計に孤立しがちで、いじめられ気味のやつとばかりつるんでいたりしたのを思い出してメガネの中で「それでものんきで楽しかったなあ」とか思ったりして、気付いたら泣いてました。身長が大きかったこともあっていじめられることはなかったですが。

序盤はデブのいじめられがちな友達が出来るのがベタだったり、叔父さんがこのあとノーマンがしなければならないことのルール説明をしてくれたりと展開はありきたりなんですけど、ストップモーションアニメの質の高さとギャグの連続で観ていて飽きはしないです。ハロウィンのテーマ曲の使い方などホラー映画が好きな人はにやりとするサービスも散りばめられてたりしました。自分はそんなに好きな方ではないのであまり分からなかったですが。

この映画の肝はノーマンが墓場にいってから。

墓場で何故か蘇ってしまったゾンビたちに追われるノーマンとクズのあいつ。というかああいうって本当にいますよね。こっちにたいしての不条理の塊のようなクズ。僕が言っていた小学校はOOOOがあった場所で、今現在も多くのOOOOやら3世やらが住んでいたり、OOO連があったり、OOOだという逆差別的なこともあったりして、仲の良かった友達もいたけど彼らの親などは大嫌いでした。文面だと勘違いされそうなワードがあったのでぼかし入れました。


ここのゾンビに追われる描写は3Dの臨場感も相まって怖かったです。

でものちの展開を知った上でこの場面を観ると、観た目でどうこう言うことが恥ずかしいとすら感じてしまうのがこの映画の凄いところ。本当によくできた映画は観る度に違った発見があるなんて言いますけどまさしくそれでした。

ゾンビ達が街へ繰り出すとノロノロ歩く特性を生かしたギャグなどを入れて段々とゾンビたちの存在がコメディ的になっていき、町の住民たちにリンチされる様を可哀想にみせるという積み重ねの演出もうまいなあと思いました。

ここで僕の脳内では桐島、部活やめるってよの前田君の名セリフ「こいつら全員、喰い殺せっ!!!」が響いていました。


ノーマン君一行はゾンビたちを鎮めるために本を漁って解決への糸口をつかもうとするものの、ノーマン以外は真面目に取り組もうとしないどころか自分たちが真面目にやっていないことにすら気づいていない様子で本当に腹立たしい。しかも状況は悪化して、魔女がよみがえってしまうのも時間の問題になってしまうという最悪の状況に。

ここもこの映画のテーマに関わっていて、能天気というか起きている物事に対しての無関心さというのが連鎖するとどんな悲劇につながるかを見事に描けていると思います。

というか本当にこの映画は自分が出会ってきた嫌な奴らを思い出させるキャラクターであふれていました。あーしろこーしろと言っているのではなくて、お前らの無関心さのせいで状況が悪化しているのになんで放置するんだよって奴思い出すとともに、自分だったら逃げ出してしまうのではないか、というか逃げたこともあったじゃないかと考え込んでしまいました。


そして最悪の状況の中ノーマンは魔女の真実を知ってしまいます。まだ幼い女の子に罪を押し付けるという、多少の犠牲が出ようともラクに事件を解決しようとする滑稽としか言いようのない大人達が自分たちの事なかれ主義な判断によって呪いをかけられるという悲劇の連鎖に陥ってしまいます。

魔女もなるべくしてなったというよりは魔女にされているし、

その大人達も罪を背負って死ねない身体にされていて300年も償い続けてきた。

解決しようと思えば300年もかからなかったような事なのに、幽霊が見えるというだけで異端児扱いされてきたブレンダーガスト叔父さんら魔女を鎮める役割の者に住民たちは無意識のうちに丸投げにしてきた。

その皺寄せが限界にきて今回のような大事件が起きてしまった。

このようなノーマン・ゾンビ・魔女の全員が不幸な状況でさえ無関心な人々は彼らを暴力によって末梢しようとする。

他者との共存への問題と向き合わないことが最悪の結果につながるといいうことが怖いほど伝わってきました。

ですがノーマンの必死の行動も姉に届き、友に届きます。

この姉が手をつないでくるシーンはもう眼球が解けるんじゃないかというくらいの号泣ポイントでした。

ここでノーマンたちが魔女裁判の様に殺されて魔女によって町が破壊されてエンドという話でも、筋が通っているといえば通っているかもしれませんが、

そんなにクズばかりの世の中でもないだろ?というメッセージが伝わってきたような気がします。ってここまで書くとホントにアレですね(苦笑)。

なんか陰惨な話に文章にすると思えてしまいますが、ここでもゾンビが臭いとか、言葉が通じない故のギャグとかもちょいちょい挟まっていて、このギャグいらねーだろとか思う人もいるかもしれませんがそこまでハードだと見るのがつらくなってしまうような、それこそこの映画に出てくる市民たちの様に目をそむけてしまうかもしれません。

そしてクライマックスの魔女との対決は、水をぶっかけるわけでもなく十字架で焼き殺すわけでもなく、魔女の境遇を理解した上で会話するというもの。

誰もが向き合わない些細なように見える問題に面と向かって解決へと導くこと。

この映画では恨みつらみある者への優しいまなざしと、彼らと言葉を交わすこと。そのことによって両者ともに少しは救われるよ。ということだと思いました。

なんかぐちゃぐちゃしちゃいましたが要は、

理不尽に当たられることも、当たってしまうこともあるけど。当たり散らしたまま問題を丸投げにするのではなくお互いを理解して、解決へと進むように対話すること、そしてそうやって成長するが大事だよ、

ということだと思いました。

このクライマックスで魔女に近づこうとするノーマンは、オトナ帝国のしんちゃんみたいにただただ突き進むけなげな姿が号泣もの。涙腺崩壊どころか決壊、氾濫、大津波ものです。

人間関係で面倒だと思って自分の保身だけ考えてしま良そうなときはこの映画を思い出して頑張りたいですよ。ただアルヴィンとかいうクズみたいな何を言おうが理解できないししようともしない人間もいたりするのが本当に面倒です。

でもそういうストレスは映画が解決してくれるよってこの映画も伝えています。

その証拠に鬱屈した毎日の中でノーマン君が楽しめるのはゾンビ映画です。



色んな人がいるけどそう簡単に考え改めるなんて非現実的だよねっていうな終盤のTVインタビューとかも、解決にはなかなか進まずまた今回のような悲劇が起こるかもしれないというビターな余韻を残していて良かったです。

それでもノーマンの周りではお父さんなどをはじめ少しは理解しようとする人もいるので希望もある、一筋縄ではいかない、ハッピーエンドとは言えないけれど少しでも成長することの素晴らしさとつらさを描けていると思います。


とにかく名作で、他にも3Dの奥行き感とかがこのストップモーションのアニメとも実写ともちがう、けれど親しみのわく世界に迷い込ませるのに一役買ってしたし、アニメーション制作に2年以上かかっているというだけあってキャラクター達の動きやカーアクションなどほんとにコマ撮りなの?と疑ってしまうようなほど自然に動かす技術が半端じゃないです。



というわけで、今回もまたグダグダになってしまいましたがここまで読んでくださりありがとうございました。

乱文失礼しました。























どこまで行っても結局は伝統的なディズニー映画に収まった《シュガーラッシュ》はディズニー映画としては大満足の出来だけど、パラノーマンはディズニーが避けた答えを出せていると思いました。パラノーマンを観る4日前に観たシュガーラッシュ熱は何倍にもなってこっちに移っちゃいましたww